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2006年8月29日 (火)

北紀行 最終章

何回かに分けて書いてきた今回の旅行記だったが、これで最後にしようと思う。最後のまとめです。

もう北海道を後にしてから一週間以上が過ぎ去っていることに、いささか奇妙な感覚を抱く。一週間前には私はあの北の大地にいたのだな、と思うとあまり現実感が無い。今、私は京都にいる。そして無為の日々を過ごしている。旅の期間を「非日常」と考える事は私はあまり好きではないのだが、しかし、実際にそれは「非日常」であったのかも知れない。そして、この京都に戻ってきた日々が「日常」か。うむ、それはあながち間違いではない。

Tと旭川で別れてから、私は再び鈍行列車に乗り青森を目指した。旭川から小樽、小樽から長万部、長万部から函館、函館から木古内、木古内から蟹田、蟹田から青森。

乗換えが上手くいけば、何とかぎりぎり一日で着く距離である。乗換えが上手くいけば、そしてノーミスでいければ、である。

当然私には無理な話である。小樽でラーメンを啜ったり、長万部で街中を彷徨いたり、そうこうしている間にその日の間に辿り着けるのは、北海道の南西端近く、木古内までだという事が判明した。仕方あるまい。函館の手前、五稜郭駅で電車を乗り換えて、終点の木古内まで寝てしまおう、と眠りに着く。

終点。

木古内か。

木古内ではない。

七飯?どこだそこは。

私は電車を操縦していた中年の車掌に尋ねる。

―木古内ってここから乗り換えですか?

―何言ってんだよ、全然方向逆だよ。

しまった。やってしまった。お得意の逆走だ。私は電車に乗る際に、あまり行き先を確認しない悪癖があるので、ここまでにも何回もこの逆走をやらかしてきている。

そうした時は決して焦ってはいけない。仕方ない、と腹を決める。誰が悪いわけでもない。私が悪いのだ。

反省?もちろんしない。当然の事ながら、学習もしない。

こういう時、私はただ「諦める」ようにしている。七飯の街(村?)並みを見渡す。見事に何も無い。よし、今日の野宿はここかな、何も無い村での野宿は私は決して嫌いではない。そう思っていたら、車掌が私に話しかけた。

―この列車ね、回送で函館まで行くから、特別に乗っけていってあげようか?

私は暫し思案する。頭の中では、この七飯で野宿をする心積もりであったからだ。

しかし、その心積もりは所詮即席のものであり、即席に彼方に消し飛ぶ。

―お願いします。

私は車掌に頭を下げていた。

回送の電車というのも、出発する時間、到着する時間がきっちりと決まっているらしい。私はそんな事は初めて知る。日本の鉄道事情は、私が思っているよりも遥かに緻密なのかもしれない。

回送電車が出発するまでの数十分間、私はその車掌と世間話に興じる。気さくな車掌であれこれと私に喋りかけてくる。私も話し相手に飢えていたし、願ってもない。

―青春18切符かい?

―ええ、そうです。

―どこからだい?

―電車は、東京からです。住んでるのは京都なんですけど、京都から東京までは夜行バスを使ったんで。

―へえ、遠いねえ。これから帰りかい?

―ええ、まあ、ゆっくり帰ろうとは思っていたんですけれど。

幾つかのやり取りを交わす内に、少しずつ私と車掌とも打ち解けてくる。それと同時に、夜中の電車の中で、中年の車掌と貧乏ったらしい格好をした私とが二人で会話をしているという奇妙なシチュエーションに、我ながら楽しくなってきてしまう。

―北海道、すごく楽しかったです。一週間ぐらいしかいれませんでしたけど。

―そうかい、そりゃあ良かった。夏は涼しくて良いよね。

―車掌さんは、ずっとこちらにお住まいですか?

―いや、若い頃は東北にいたけどね。電車に乗るようになってからはずっと北海道だ。もう三十年以上になるよ。

そう言った中年の車掌は少し苦笑いを浮かべた。どうにもならんよ、という事なのだろうか、それとも、様々な意味を含めた自らへの肯定の笑みだったのだろうか。

―オニイチャンな、

ふと車掌がこちらを向き直して言った。

―はい。

―そんな気ままな旅が出来るのは若い内だけかも知れないよ。

―そうかも知れませんね。

私も内心苦笑する。26歳。周囲はもう勤め人として立派にやっているのに、私はまだこんな風転の生活をしているのだから。

―でも、そういう体験は俺は良いと思うけどな。

その言葉は、何だか社交辞令とはまた少し違うニュアンスを持った言葉のように私には響いた。

―そうかも知れませんね。

私も曖昧に言葉を返す。

―ただな、オニイチャン。

―はい。

―電車の行き先だけはきちんと確認しなきゃなんねえよ。ほんの一瞬の注意でミスはなくなるンだから。

―ええ、まったく。

私にはそう言葉を返す以外には、バツの悪い笑みを浮かべるしかなかった。

―あとな。

何か格言染みた事でも言わんとする雰囲気で、車掌は身を乗り出した。

―年がいってから、そんな風にフラフラしてると痛い目見るぜ。

―はあ、何故ですか?

いささか神妙だった面持ちを車掌は一気に綻ばせて言った。

―家族が逃げちまうんだあ。

ああ、そうかと私は笑った。投げやりな笑いではなかった。

―もう行こうか、ぼちぼち時間だ。

そう言うと、車掌は運転席へ戻り、幾つかの機械的な確認の動作を行ってから、電車を走らせた。

私は電車に揺られながら、この数日の事を思い出したり、取り留めの無い空想に浸っていると、電車はあっという間に函館へ着いた。

函館駅で車掌に礼を言って、その列車を後にする。

―気をつけて行くんだよ。

そんな声が後ろから聞こえる。私ももう一度後ろを振り向き、頭を下げる。

しばらく歩きながら、今晩の事を考える。

函館で野宿するか、それとももう一度電車に乗って木古内まで行くか。そう思いながら函館の街に降り立つ。

その時、私の目に深夜急行列車の文字が目に入る。上野行き。23時過ぎの発車だそうだ。

私は財布の中身と相談しながら、恐る恐る駅員にその深夜急行の金額を聞く。

2万3千円。

見事なほどに、ぴったり私の全財産であった。

この切符を買ってしまえば、私の財布は空になる。しかし、私は、ここまでの偶然の一致だ、これはもう上野まで深夜急行に乗ってしまえ、と腹を括って、その切符を購入した。後は野となれ山となれ。いつもこういう場面では、私は後先の事など考えずに思いつきだけで行動してしまう。こういった部分は、きっと死ぬまで直らないのだろうな。仕方ない。

切符を買ったのが午後9時過ぎ。電車の発車までには二時間以上があった。私は最早歩き疲れていたので、函館の路上で漫然としていた。(数回前の「箸休め的な更新」だか何だかを参照頂きたい)これから、本州に帰る、という気持ちと、やはりこれから「日常」に帰る、という気持ちが入り混じって、何とも寂しい気持ちになる。函館駅の、不自然に華美なイルミネーションを眺めながらぼんやりとする。ああ、もう終わりだ。

今回の旅で私が得たもの。

無論、何もなし。

今回の旅で私が失ったもの。

不思議なことに、何もなし。

私は停滞している。

列車が出る。ドアが閉まる。私は、北海道を後にした。

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コメント

 とても愉しみに読んでいます。うらやましくも思います。

投稿: 萬坊! | 2006年8月30日 (水) 00時04分

萬坊!さんへ

本物の萬坊!さんならば、こんなブログまで読んで頂いているとは、信じられませんが、嬉しいです。
先生の書かれているような、有無を言わさずに読者を引きずり込むような文章にとても憧れがあります。
真似をしても仕方がないと思って、なるべく先生からの影響を出さないようにしてますが、時折、劣化コピーのような文体になってしまっている時に、いかんいかんと思い、書き直したりもしてしまいます。やはり僕が先生から受けた影響は多大です。
新作も楽しみにしています。読んで頂いて、本当に光栄です。

投稿: 福島剛 | 2006年8月30日 (水) 00時47分

逆走して素敵な車掌さんとの出会いがあったんだから、かえって良かったじゃない?こういう人情味のある人との出会いは旅の醍醐味ね。それと、車掌さんの「家族が逃げちまうんだあ。」という助言、重みある言葉だと思ったよ。車窓から見る景色の様に、色々な人の人生や自分自身の経験を、毎日見てきた人からでた一言だもの。一人だけじゃなく、複数の人間とずっと一緒に生きていく、その上、その人達と一緒に幸せを続けるって言うのは中々難しいことなのかもしれない。よっぽど理解のある&ウマの会う女の人じゃないと、夢を追いかける男の人についていくのは大変なんじゃないかな。女はもともと現実的だし、年を経る毎にその傾向は強くなっていくと思うもの。
函館~上野の深夜急行って2万3千もするのね!高い!京都~東京の新幹線往復運賃くらいするじゃない!
今、調べたら、船って割と安いのね。舞鶴~小樽で運行のフェリー、一番安い2等なら、片道9400円だって!今度、旅に出る時は、船を試してみたら?

投稿: モトクロス | 2006年8月31日 (木) 17時36分

フェリーは確かに安いですな。それは良い。次回使おうかな。
ちなみに、多分ご本人だとは思いますが、上の書き込みをして下さった方が、件の花村萬月氏です。憧れの方です。ちょっとびっくりしました。
くろさわさんも、たくさん書き込みしてくれて、とても嬉しいです。誰かの為に書いているんだ、という気持ちがどこかにあって、良い事でも悪い事でも、書いた事に反応がある、その事だけでとても嬉しい気持ちになります。

投稿: 福島たかぴん | 2006年9月 1日 (金) 20時51分

福島君は、私が当世では生きられない人生を生きてくれている人なので、いつも楽しく福島君の視点から見た世界を読んでいるよ・・・というのは、まず、私は女なので、ひっくり返っても男の人生は生きられない、そして、福島くんは、その男の中でも、とても男っぽい男だと思う(荒っぽいけど、ロマンチストで繊細、時に支離滅裂や矛盾に憧れ・・・などなど、私の福島君に対する独断と偏見です)。
っちゅ~ことで、これからも好きな事を書いて行って下さいな。

投稿: モトクロス | 2006年9月 4日 (月) 17時40分

はいな、好きなこと書きます。
ただ、このブログは僕にとって挑戦の場でもあるんです。好きな事を書き散らかして、それでどれだけエンターテイメントに出来るか、っていう。何も技巧を凝らさない、推敲も何もない文章を書くぐらいなら、人前に見せる必要はあまり感じられないんですよね。人に読んでもらうから、きちんと書こう、という気にもなります。

しかし、正直に言うと、最近は推敲の作業はだいぶ疎かです。

投稿: ふくしまたけし | 2006年9月 8日 (金) 20時42分

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