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2006年8月 1日 (火)

半年が過ぎて

12時を廻って日付が変わって、8月に入った。暦の上でも気候の上でも夏に本格的な始まりが告げられる。蝉の鳴く声。照りつける太陽(ついついムルソーが、なんて言いたくなるが、今日は言わない)。少し日焼けしてヒリつく両腕。日本には四季がある事を私は改めて実感する。

2006年1月31日。決して忘れ得ぬあの日から半年が経った。随分と早かったような気もするし、途轍もなく長かったような気もする。昨日の事のようにも思えるし、何十年も昔の事のように思い出す事も出来る。

ここ最近、何も言葉が湧いて来ずに「しばらくブログは書かない」と宣言したばかりだが、今日は半年前に私の前から忽然と姿を消した、あなたの事だけを考えて暫く言葉を紡いでみます。

あなたがいなくなってから、私は毎日あなたの事を考えていた訳ではありませんでした。時には下らない小さな悩み事にクヨクヨしてみたり、金という生活を圧迫する現実的な問題の事を考えてみたり、あなたの事が意識からふとこぼれるような事も多々ありました。独りの時にも、あなたの事以外を考える時は勿論ありました。

けれどやはり、何かとても悲しい事や悔しい事があった時、そしてトビキリに嬉しい事があった時、私はいつもあなたの事を思います。あなたの太陽のような底抜けに明るい笑顔を思い出す度に、私は何とかやっていけるような気にさせられます。最近では、いつか私に子供が出来たら、是非あなたに見てもらいたかったな、とよく思います。きっと私に似て聞き分けの悪い子供なのでしょうが、あなたは可愛がってくれただろうな、と思います。あなたが聞き分けの悪い、生意気で、そして出来の悪い私を愛してくれたように、私も自分の子供を愛せれば良いな、とここの所よく思うのです。

あなたが私にくれたいくつかの大事な贈り物は、大事にしています。取り分けあなたが若い時分に着ていたという背広の上下は、私の一番の宝物です。最近では一回着たら必ずクリーニングに出すようにして、私も一生あの背広を大事に着続けようと思っています。あなたが私にあの背広をくれた時に、「年を取ってから太ってしまって入らなくなった」と言っていましたが、恥ずかしながら私も最近少しずつ太って来ました。まだ、かの背広が着れないほどに太ってしまった訳ではないので、それをずっと着続ける為にも最近は腹筋や腕立て伏せを寝る前にしています。あなたは私を見るといつも「痩せすぎだ、メシを食え」と言っていましたが、最近の私は少し食事も減らすようにしています。よくあなたと一緒にラーメンを食べに行きましたが、あれはすごいカロリーなんですね。最近は控えています。けれど、たまに入ったラーメン屋が美味しかったりすると、あなたに教えたくなります。我が家の近所にも美味しいラーメン屋がつい先日出来ました。ちょっとアッサリした味なので、あなたが気に入るかどうかはわかりませんが、あなたに伝えたかったです。

私はあなたに伝えたかったのです。

私にはもっとたくさんあなたに伝えたい事がありました。何者になれるのか、と不安に怯えていた私の人生を変えてくれてありがとうございます。格好悪い事は、最高に格好良い事なんだと教えてくれてありがとうございます。私を愛してくれて、本当にありがとうございます。

私は何一つあなたにきちんと伝えられなかった気がします。あなたと過ごす時間が何よりも楽しかった事も、あなたからたまに誉められる事がどれだけ嬉しかったかという事も。

あなたはとても頭の良い人だから、そんな事は全てお見通しだったかも知れませんが、私はやはりきちんと口で伝えたかったです。口で伝える事、その事には何の意味もないのかも知れません。けれど、私はあなたに伝える事が出来なかった事が何だか悔しくて仕様がないのです。

あなたが一生懸命私に伝えようとしてくれた事を、私はまだまだ身に付けられていません。あなたのように優しい人間にはまだまだなれずにいます。ピアノの腕前もまだまだです。あなたのような素晴らしいピアニストには遠く及びません。私はあなたのような素晴らしいピアニストになりたいですし、何よりもあなたのような優しい人間になれたら良いなと思います。遠い遠い目標である事はわかっていますが、良ければ応援していて下さい。私は、少しでもあなたに近付きたいのです。

今日はお酒を飲みながら、家であなたのCDを聴きつつこの文章を書いています。あなたがニューヨークで録音してきたCDです。ベンライリーのドラムもバスターウィリアムスのベースも本当に素晴らしいと思いますが、やはりあなたのピアノは最高ですね。聴いているだけで自然と笑みがこぼれます。私は特に『This is no laughing matter』と『Please send me someone to love』がお気に入りです。ピアノを弾いている時のあなたの楽しそうな顔が目に浮かぶようです。まだまだあなたのピアノが聴きたかった、あなたがますます進化していく姿を見ていたかったと心から思います。

あまり長くなってもいけません。あなたも随分と話は長い方でしたが。私は今日はこの辺にしておこうと思います。

鬱陶しいガキですが、見守っていて下さい。私もあなたの事を、ずっと想っております。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

いい文章です。
久々の夜勤を終えましたが、夜勤中に、命のさだめと自分たちの無力さを思い知らされる出来事が起こりました…。 その場に直面した私はショック過ぎて涙も出ませんでした。 そんな中でも仕事はしないといけない現実はあまりにも残酷です。 だから悶々としてますが、あなたの文章を読ませてもらって、今回の出来事は私自身のことではないけれど、外の世界を見られずに天国へ逝ったあのこの事は忘れないでいようと思いました。 そして、いつか、できれば同じお腹に再び生まれかわって宿ってくれることを祈りつつ、また私は仕事に精をだして行くしかないんだと思いました。
そう考えたら、少し楽になった気がしました☆

投稿: smy | 2006年8月 1日 (火) 15時31分

わたしのいいたいことを代わりに言ってくれたような文章でした。ありがとうございます。
福島くんの子供、産まれたら私にもみせてね!

投稿: はたけやまさん | 2006年8月 1日 (火) 15時57分

smyさん、はたけやまさんへ
お褒め頂きありがとうございます。言いたい事は色々あるのですが、この文章については失礼ながらこれ以上の言及を避けさせて頂きます。ともあれ、人を愛する事は悲しいことですが、同時に嬉しい事です。

投稿: 福島たけぞう | 2006年8月 2日 (水) 18時19分

何もつけくわえることはないのだが、どうしても気になったから書かせてください。生地図案家のせがれとして。

>最近では一回着たら必ずクリーニングに出すようにして、私も一生あの背広を大事に着続けようと思っています。

一生着るんだったら、クリーニングは年1回までにしたほうがいいです。クリーニングっつうのは、要するに生地をこするわけですから。1回洗う、っていうのは、10~20回着る、というのと同義だと思ってください。

どうしても、着る頻度が高いのだったら半年に一回ですね。あと、長く着ずに洋服ダンスに吊しておくのもよくありません。理想はシーズンに5~10回着て、シーズンオフにクリーニングに出す、という感じです。

すいません、ほとんど板違いの書き込みですね。

投稿: torii | 2006年8月 3日 (木) 11時54分

toriiさんへ
知らなかったです。ありがとうございます。やはりバカは罪ですね。これからはクリーニングに出さずに済むように、きちんと着る事にします。つっても一年に五回も着ないんですが。

投稿: ふくしまたけぼん | 2006年8月 3日 (木) 12時11分

お会いしたこともない福島さんの御師匠さんについて言及するのは、そんな資格もないのでやめておきます。

けれど、一度もお会いしたこともない先生の姿が浮かぶような、素敵な手紙だと思いました。

投稿: えつ | 2006年8月 4日 (金) 02時41分

えつさんへ
素晴らしいピアニストです。そして僕にとっては、素晴らしいピアニストであると同時に、最高の親父です。死にたいほど悲しい時も、飛び跳ねたいぐらい嬉しい時も、全部受け入れて、僕を赦してくれた人です。

そんなあなたになりたくて
そんなあなたになれなくて

生の演奏を聴く事はもう出来ませんが、CDも出ていますので、是非一度お聴きになってみて下さい。

投稿: ふくしまたけのすけ | 2006年8月 4日 (金) 03時00分

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