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2006年7月13日 (木)

万引きしてまで欲しい本

リリーフランキー著『東京タワー口オカンとボクと、時々、オトン』読了。良い本であった。

家族というのは、私達ほとんどの人間にとって、初めて出会う他者である。それはつまり、厳密に(或いは生物学的に)言えば、全ての人間にとって、初めて会う他者は母親である、という事だ。出産され、孤独な闇の世界から光の世界にやって来た我々は、無意識の内に母を見る。我々がつい先ほどまで内部的に抱え込まれていたものを、外部から見つめる。そして、ほとんどの場合ではそこで歓喜の産声を上げる。ありふれた人間の誕生の瞬間とはそういうものだ。

少し私の事を。

私は嘗て母親が嫌いであった。そこには様々な要因が考えられるが、とにかく私は母親の事を決して尊敬していなかったし、鬱陶しいと感じる事さえあった。二人でどこかへ出掛けるなど、まっぴらごめん蒙る、そう思っていたし、母親と二人でいる所を誰かに見られるのは恥ずかしい事だと思っていた。

それが今ではどうだろう。私は暇があればすぐに母親に電話をかける。

「ああ、オレ。何してた?オレ?オレは暇してた。」

みたいなノリで。挙げ句の果てには

「明日早いんだから。もう切るねっ!」

とオフクロの方から電話を切られてしまう。私はいささか寂しくなる。

私が実家のある東京の小岩に帰った折には、必ずオフクロと二人で酒を飲みに行く。昼間は、ショッピングなど大嫌いな私が、オフクロの買い物に付いて銀座に行ったりする。あまり認めたくなかったが、二十歳を越えてからの私は確実にマザコンだ。

これまで付き合った彼女には大体いつも「私よりお母さんの方が好きなんでしょ?」と聞かれていた。私はいつも「そうだ」と答えていた。私は正直な人間だから。「同じぐらい好きだよ」と答えた人は一人だけいた。彼女は私のオフクロとも仲良くしていて、私が彼女と別れた後も、彼女が出張などで東京に行く時には、私に内緒で二人で一緒に食事などに行っているらしいのだ。私としてはいささか複雑な心境であるが、それもまた良しであろうと今では思っている。その別れた彼女は、今度千葉に転勤になるという。オフクロにその事を伝えたら、早速「千葉に越してくるんだって?」と電話を入れていたそうだ。何をしてるんだ、とほほ、と私もうなだれたが、もはや仕方あるまい。(似たような描写が、本作の中でも見られた)

さて、そんなマザコンの私にとって、このリリーフランキーの『東京タワー』は特別な思い入れの元に読み進めざるを得ない作品であった。

作中の登場人物に自分の姿を重ね合わせる、という技は、我々「自意識過剰人間ズ」(略してJKN)には朝飯前であるが、私はこの『東京タワー』を読みながら、「あ、オレがいる」と何度思った事か。取り分け「ボク」である「マーくん」に私は感情移入した。せざるを得なかった。親元を離れて、東京で無目的にギャンブルに興じるマーくん。大学を留年するマーくん。「ちゃんとやっとるけん、心配せんでよかよ」とすぐにバレる嘘をつくマーくん。「オカン」にすぐに借金の無心をするマーくん。「オカン」が誰よりも大好きなマーくん。

この小説のファンはたくさんいるようだが、もうはっきり言ってしまうと、この小説は私のための小説なのだ。自意識過剰だからね、そこはちょいと譲れません。

故に、ラストに近付いていくに従って、私は心を乱さずに読めなかった。まだ読んでいない方もいると思うので、ネタバレになるような事は書かずにおこうと思うが、この小説の白眉は、特に後半部分の二つ、「ママンキーのひとりごと」と「マーくんのオカンへのありがとう」であると私は思う。どちらも決して長くはない、口語体の言葉で語られ、そしてこの二つは共に対応している。

ミクシイというサイトの日記にこの本の事を簡単に(とても簡単に)書いたとき、女性の友人は上記の「ママンキーのひとりごと」が心に残った、とレスポンスをくれた。とある男性は、「男はみなマザコンかもしれない」と言った。こういった家族の物語は、男女によって受け止め方が違って当然だろう。

私はその男性と同様に、多かれ少なかれ男は皆マザコンだ、と思っている。

その女性が「ママンキーのひとりごと」に心を打たれたのは、いずれ自分が母親になり子供を持つからかも知れない。

受け止め方が違っても、それぞれに考えている事は同じである。それは何か、それは愛である。

愛、などと大上段に構えて言ってしまうと嘘臭くなるが、家族の愛は意外と身近でわかりやすく、そしてその割には本物である。そして家族の愛は、得てして「無償に与える愛」である。私はそれを本書により確認したし、上に引用に出させて頂いた二人もまた「愛について」考えられた事であろう。ちなみに、男性の方は、私が困った時にいつも愚痴を聞いて頂く兄貴のような方だ。

長くなってきたので最後にしたい。『東京タワー』、本書は愛の小説である。愛の小説などと言うと、チープで嘘臭い印象になるが、そこにはやるせないリアルな愛情が溢れている。

この小説に対する私なりの賛辞を考えていたが、どれもありきたりでピンと来なかったのだが、今ピンとくる言葉が頭に浮かんだ。それを本日最後の言葉としたい。

この小説の良さがわからない人とは、私は仲良く出来る気がしない。

『東京タワー』を貸してくれたMさん、ありがとうございました。今度返しますが、僕は僕で自分で一冊買う事にします。最悪、万引きします。

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コメント

男の人は、マザコンでええねん。
結婚して、子どもを産んで思えるようになったのだから、人生は面白いw

読んでくれたこと。
しかも、万引きしてまで!
などと言ってくれたこと、嬉しいです^^
貸した人冥利に尽きるってものです。


http://www001.upp.so-net.ne.jp/fingertips/
私は、このフィンガーティップスの管理人
がオススメしていてなぜか衝動的に買ってしまったのだけれど、買ってよかったーって思っています。
(エロくておもしろいサイトです)

リリーさんは、本を大切にして欲しいなって思いから、わざと、剥がれやすい金箔を表紙に使ったり、いろいろ工夫してるみたいです。


ダメっぷりがヨイ、りりーさん。
めちゃくちゃあったかい、心のある
だめっぷりが、大好きです。

BBQ行けるといいですね♪
梅で元気も1ダースあげたので
また、飲みに行ってくださいね。

投稿: M | 2006年7月13日 (木) 09時02分

Mさんへ
貸して頂いてありがとうございました。
リリーフランキーは、イイ感じのダメな人だと思いますが、「マーくん」こと山口雅也は、オカンが大好きないい歳こいた単なるマザコン野郎だと思います。そしてこの『東京タワー』に描かれていたのは、リリーフランキーではなく山口雅也の方でしたね。飄々とした面白さもなく、みっともなくて格好悪い、マザコン野郎が描かれていました。
だからこそこんなに心を打たれたのかも知れない。愛情って、ダサくて格好悪いなあというのが僕の印象です。これは、ひょっとしたら『東京タワー』がヒットした原因の一つかも知れません。次はドラマが楽しみです。オカン役は、僕の大好きな田中裕子さんです。

投稿: 福島剛 | 2006年7月13日 (木) 15時29分

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