新幹線の車窓から
東京へ向かう新幹線の中である。東京という街は私の生まれ育った故郷であり、私の家族の暮らす土地である。バイトもやめて少し時間も出来たので、久しぶりに一週間ばかり東京に帰ろうと思い、時速300kmを超える車輌に揺られている。今回は、東京のライブハウスのジャムセッションに行こうか、神田のレコード屋にずっと探していたレコードを見つけに行こうか、色々考えている事もあるが、一番の楽しみは幼馴染みの友人に生まれた子供を見に行く事だ。アイツが親父か、奇妙な物だな、そんな事を考えながら。
さて、現在午後四時半である。本来ならば午前中に京都を出て、夕方には東京に着くようにしよう、そんな事を考えてもいたのだが、今日はそう出来ない事情があった。昼の正午前後の時間にWBC、野球の世界大会の決勝戦が行われていたのである。その試合を見届けてから京都を出発しても決して遅くはない、そう思って家で日本対キューバの決勝戦を観戦してから家を出た。結果はご存じの方も多いとは思うが、10対6で日本の勝利、優勝と共に「世界一」という称号を手に入れた。新幹線の中での暇潰しの一手段として、少しその試合の観戦記を書く。いささか日本側からの視点に偏る傾向は勘弁願いたい。また野球に興味のない方々はここからは気持ち良く読み飛ばして頂いて構わない。
まずは先発投手の松坂である。今や上原と並び日本のエースと誰もが認める彼が、今日は非常に素晴らしいピッチングを見せた。素晴らしい、と言うよりも或いは「彼本来のピッチング」と形容した方が的を射ているのかも知れない。力のあるストレートを低めに集める今日のピッチングは、初回に一点こそ失ったものの、見ている私たちに何とも言えない安心感を与えた。国際大会におけるこれまでの不本意な成績から、彼の起用を疑問視する声もあったと聞くが、そんな周囲の声をまさしく一蹴する、快刀乱麻のピッチングであった。身体能力に優れたキューバの選手達に、文字通り力で競り勝った。「流石」と唸った日本のファンは少なくない筈だ。
そして、以前このブログの中でも幾度か触れたイチローについて。今回のWBCを語る上で、彼の存在はやはり避けて通れるものではない。並びに避けて通れない存在としては、アメリカの審判ボブ・デービットソンがいるが、彼について書くのは敢えてやめよう。書くのも憚られるほどに馬鹿々々しい。
イチローは今回のWBC日本代表における精神的支柱であった、という意見に異論を唱える人はさして多くないだろう。全く関係の無い話だが、今名古屋を出た。タイムラグこそあれ、これも一種の実況中継だ。それは違うかな。タイムラグという言葉で連想したのは京都のライブスポット「RAG」。特別に好きなライブハウスではないが、昨日の「RAG」における市川修追悼ライブはとても良かった。MITCHさんの「I'll fly away」はいつ聴いても最高だ。話が飛び飛びになるな。「意識の流れ」だ。いや、それも違うな。
閑話休題、イチローである。「作られたイメージ」としてのイチローは、あまり雄弁に喋らない、感情を表に出す事の殆どない男であった。しかしWBCの舞台に立った「イチロー」という男は、雄弁に自らの意志を語り、相手チームを挑発し、自らのチームを過剰とも言えるほどのパフォーマンスにより鼓舞した。アーネット・コブ、ジミー・コブ。あれ?まあ良い、いずれにせよチームに対してのみならず、マスコミに対しても急先鋒的な役割を意識的に買って出ていたのは紛れも無く「クールで寡黙である筈の」イチローであった。私は少なからずその事に驚きと違和感を感じていたのだが、それは単に彼の根源的欲求や意志が表層化しただけなのかも知れない、とWBCの全日程が終了した今、そう思う。つまり、彼は生来攻撃的な部分を持ち、また感情的な一面を持った人間なのではないか、と。我々野球ファンが抱いていた彼に対する勝手なイメージは誤解かも知れない。彼の今回の活躍と貢献はやはり筆舌に尽くし難い。極めて凡庸な意見だが、私はそう感じた。
さて、最後に王監督の采配について少し。彼の采配は「情の采配」である、私はそう思う。不振に喘いだ福留の起用、強気なリードが裏目に出た事もあるキャッチャー里崎をスタメン起用し続けた事からもそれはわかるが、私が特に強くそれを感じたのは、本日の決勝戦の最終回の守備にショート宮本という交替を行った時だ。チームの精神的支柱として裏方の仕事すらも厭わなかった男に、最後の最後で花を持たせた、何とも「粋な」采配であると私は感じた。情につき動かされる事は、勝負の世界においては手放しに褒められる行為ではない。だが、今日の最終回のショート宮本という采配に私は強く心を打たれた。5点差があったから宮本を出したのか?私はそうは思わない。たとえ1点差であったとしても、王貞治という人は最後にショート宮本と言ったろう。人間である。悔しいほどに王貞治という人は人間である。私が今回最も心を打たれたのは上記のシーンであった。
様々な遺恨をも残したWBCであったが、とても夢中になって私は観戦した。面白かった。新幹線はもうすぐ東京に着く。家族に会って「只今」と言おう。楽しみだ。
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コメント
おもろかったね。WBC。
ちなみに、新幹線は時速300kmも出ていないと思うぞ。
投稿: torii | 2006年3月22日 (水) 09時26分
toriiさんへ
そうなんですね。もっと速いと思ってました。今ネットで少しだけ調べてみたら、大体時速250km前後みたいです。関係ないのですが、新幹線に乗ってる時だけ、僕は珍しく「勝った気」になります。イヤッホー!俺、速いー!そんな事を頭の中で叫んでしまいます。終わってるか終わってないかで言うと、終わってるのはわかってます。
投稿: 福島剛 | 2006年3月24日 (金) 03時22分