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2006年2月27日 (月)

戦後

TVのドキュメント番組で、社会党の土井たか子女史の特集がやっていた。冒頭から断っておくが、私は彼女の支持者ではない。

だが、それにも関わらず、私の心を強く打った描写が一つあった。彼女の若い頃、戦時中の写真をバックにナレーターが語ったシーンである。「戦争に対して疑いを持たない軍国少女であった」と。

評論家の吉本隆明氏が、やはり同様の事を語っていたのを読んだ時にもそう思ったのだが、「よくそんな事を正直に告白出来るな」と思った。軍国少年(少女)であった、そう告白する事は、下手をすれば自らの主張に矛盾を生じさせかねない。親鸞が弟子の唯円に対し「私は実はさほど浄土に興味がない」などと言ってしまったのにも似ている。親鸞や、或いは宗教改革家マルティン・ルターのように、他人の欺瞞を暴くばかりでなく、自らの欺瞞すらを暴く行為は、私が考える以上に容易ではない。

私がもしも戦時下に生きていたら、と考えると、きっと真っ直ぐ右に進んだ軍国少年だったろうと思う。大声で「天皇陛下万歳!」、言っていただろう。しかし今私がそう言う事が出来るのは、まさしく私が「戦争を経験していない証拠」に他ならない。真に戦争を経験していたら、私のようにたやすくそんな告白は出来ないだろう、そう推測する。戦争に負けるという事は、人間を屈折させるのだ。南北戦争に負けた南部の人間達の屈折を描いたウィリアム・フォークナーの作品群もまた同様の事を思わせる。正義もない、実もない。奴隷制度は正義の名の下に廃止され、南部諸州は価値観の根底からの転覆を余儀なくされた。日本の敗戦に似ている、と私は感じるのだ。

TVの中での土井たか子女史の発言の中に、一つ私の心を打つ物があった。以下のようである。

戦争が終わって、民主主義が当たり前の物として日本に根付いていった。その中で何を信条とすべきか、何を信じるべきか、それまで全て「与えられていた」私は、自らの頭で考えざるをえなくなった。それこそが私にとっての「戦後」の始まりである。

なるほど、ううむ。考えさせられる。その後の、「社会には弱い立場の人というのがいて…」というコテコテの社会主義演説は、いささか眉唾物かとも思い苦笑いをしながら見たが、はからずも‘おたかさん’により、久々に「戦後」という物を考えさせられた。良き時間であった。

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経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

そんな土井たかこも、衆議院議長って餌を与えられ、そのまま政界から消えていったんよなぁ。その瞬間に彼女の「戦後」も終わったんやろうね。いつも思う、自由を欲する人はすべてを与えられて生きていく事の快適さを語らない。与えてもらう事がなくなり、自分で考え、切り開いていく、いわゆる自由を得るって事は凄まじい程の努力を休む事無く発揮しつづけなければならないのに。
今の日本社会からドロップアウトして(自由になって)好きな事をしている俺や福島はいきなり戦後の民主主義社会に放り出された軍国少年なのかもしれないな。しかしお互い長い戦後だな。高度経済成長はまだかぁ!?

投稿: 文太 | 2006年2月27日 (月) 04時08分

文太さんへ

高度経済成長は、「まだやって来ていない」のではなくて、「とっくに終わってしまった」のだと思います。昔、北野武の「キッズリターン」という映画の中で、ラストのシーンで主人公の二人の青年が(確か金子賢と安藤政信だったと思います)自転車を二人乗りしながら「俺たち、終わっちゃったのかな?」「バァカ、まだ始まってもいねえよ」というシーンがあったのを覚えていますが、これは我が身に置き換えると、「俺たち、終わっちゃったのかな?」「え……?早く気付けよ……」だと思います。人混みの中で大きな声を出したいですね。

投稿: 福島剛 | 2006年2月28日 (火) 19時53分

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